第53.5話「プリンとようじょ」

「いえ、アクナレート様。プンでございます」

­ 白髪の執事、クリスティアーノ子爵のチート能力により小アルカナのカードから生み出された、ファンテ・サントグラールは、うやうやしくそのあるじに頭を下げた。
­ ソファに座って書き物をしていた主、転移トラック神であるアクナレート・アマミオことあっくんは、そこで初めて顔を上げる。
­ 色と言う色がすべて失われたような白い肌と白髪。
­ その白一色の顔の中で、優しげな瞳だけが影のように深い緑色に輝いている。
­ 彼は困惑した表情のまま、未だ頭を下げているファンテにもう一度口を開いた。

「えっと、ごめんファンテ。それってりんちゃんが言ったんだよね。たぶんプンじゃなくてプリンだと思うよ」

「左様でございますか。これは失礼を申し上げました」

­ ファンテはもう一度深々と腰を折る。
­ あっくんは、仰々しいファンテの物腰に苦笑いを返すと、黒いローブのたもとから美しく透き通った水晶球を取り出した。

「りんちゃんがわがまま言うなんて珍しいよね」

「はい。ですのでわたくしといたしましても、何とかご要望にお応えいたしたいのですが。なにぶんプイン……いえ、プリンと言う食べ物について存じ上げませんもので」

「そっか、この世界にはプリンは無いんだね」

わたくしが存じ上げないだけかもしれませんが」

「ファンテが知らないんだったら無いんだよ、きっと」

­ こともなげにそう断言して、あっくんは水晶球に手をかざす。
­ あやしく光を放ち始めたその表面に向かって、彼は「プリンの作り方」とつぶやいた。
­ たちまち表面にプリンのレシピが表示される。
­ この世界の人間には読むことのできない『日本語』で書かれたその文章を、あっくんは『王国標準語』の文字で紙に書き写した。

「これでわかるかな?」

「牛の乳……とは珍しい……バニラビーンズ?」

­ 姿勢正しく立ったまま、綺麗に刈り込まれたヒゲに拳をあてて、ファンテが頭を悩ませる。
­ それを辛抱強く待っていたあっくんに、部屋の向こうから声が掛けられた。

「あっくん! なにしとんのや! もう行くで!」

「あ、チコラごめん! ちょっと待って!」

­ 天使のような白い翼の生えた、精霊の宿るクマのぬいぐるみ。
­ チコラは空中で腰に手を当てて胸をそらしている。
­ 慌てたあっくんは机の上の書類をかき集めて、出発の支度を始めた。

「ファンテごめん。お菓子作りならマリアに聞けば相談に乗ってくれると思うよ。僕たちはアンジェのところに行かなきゃいけないから――」

「――失礼いたしました。プリンにつきましてはわたくしの方で」

「うん、おねがい。それじゃ」

­ ばたばたと階段を駆け下りるあっくんを見送り、ファンテは深々と頭を下げる。
­ たった今あっくんが飛び出していった扉に、小さなはちみつ色の髪がひょこっと顔を出した。
­ もじもじと、とび色の瞳をふせて4歳の少女はファンテを見上げる。
­ ファンテはいかつい顔に笑顔を見せ、少女の名前を呼んだ。

「りん様」

「……ファンテおじちゃん、ごめんね」

「何をおっしゃいます。アクナレート様もプリンの作り方を教えてくださいましたよ」

「ほんと?!」

­ わがままを言ってしまったことで、叱られるとでも思っていたのだろうか。
­ 曇っていたりんちゃんの顔に、いつものひまわりのような笑顔がぱっと咲き乱れた。
­ 思わずファンテの目じりも下がる。
­ チート能力でカードから作り出されたファンテの心に、植えつけられた主従関係とは別の感情があふれ、白髪の執事は、この少女のためならどんな願いでもかなえてあげたいと思った。

「ではりん様、まずは牛の乳と鶏卵けいらんを集めに参りましょうか」

「けいらん?」

にわとりの卵でございますよ」

「たまご! りんちゃんホットケーキもすき!」

「……ホットケーキと言うものもわたくしには分かりかねますが、そうですね。マリアステラ様にお伺いしてみましょう」

「うん! ファンテおじちゃん、行こう!」

­ 小さな少女に手を引かれ、いかつい顔の老執事は腰をかがめた窮屈な姿勢で廊下を急ぐ。
­ りんちゃんとファンテは、同じフロアの反対側にある、女神マリアステラの部屋をおとなった。

◇  ◇  ◇

「あっははは、あのねファンテさん。ホットケーキって言うのはあれよ、ほら、パンケーキのこと」

­ ファンテの口からプリンとかホットケーキと言う言葉が出たのがおかしかったのか、女神マリアステラは大きな口をあけて笑い、そう言った。
­ パンケーキならばファンテにも分かる。ただし……と、マリアステラから教えられた「厚みがあり、甘くて、ふわふわの」パンケーキのレシピも、彼の守備範囲内で何とかなりそうだった。
­ それに、卵からりんちゃんが想起そうきしたのにも納得がいく。
­ ファンテは大きくうなづき、メモを取った。

「ファンテおじちゃん、ホットケーキできる?!」

「ええ、パンケーキでしたらわたくしでもお作りして差し上げられます」

「やったぁー!」

­ はしゃいだりんちゃんは、マリアステラの手を取ってぴょんぴょんと跳ねる。
­ 昼間っからクリスティアーノ謹製の生ビールを飲んでいたマリアステラもつられて立ち上がり、りんちゃんをくるくると回した。
­ きゃーきゃーとはしゃぐりんちゃんの声に気づいたのだろう、隣の部屋のドアが開き、端正な顔をした少年が周囲をうかがう。
­ その姿を見て、突然りんちゃんはマリアステラの口を押えた。

「もが……りんちゃ……」

「マリアちゃん! しー!」

­ マリアステラの口を小さな手で一生懸命押さえるりんちゃんとマリアステラを見て、不思議そうな顔をした少年、ルカはファンテへと視線を移す。
­ 何も言わずにうなづいたファンテと視線を合わせると、何かを納得した様子で、ルカは部屋へと引っ込んだ。
­ りんちゃんが手を放し、マリアステラと二人で大きくため息をつく。
­ マリアステラはりんちゃんを眺め、いじわる気に笑った。

「なぁによ? りんちゃん、ルカは仲間外れ?」

「ちがうの! でもルカくんにはないしょなの!」

「ふぅん。まぁたまにはいっか」

­ もちろん、マリアステラもりんちゃんがルカを仲間外れにしているとは思っていない。
­ それでもたまには大人を独り占めにしてもいいと、わがままを言ってもいいと彼女は思っていた。
­ りんちゃんもルカも聞き分けがよすぎる。
­ 子供はもっと大人を困らせるくらいでないと、と言うのが彼女の持論だった。

「もう一つお伺いしたいのでございますが、マリアステラ様。この『バニラビーンズ』と言うものがどのようなものか、ご存じありませんでしょうか?」

「ん……? あぁ、バニラビーンズかぁ。無いかもね、この世界には。でもプリンでしょ? 香りづけだから……ラム酒とかブランデーでも代用できると思うわ」

「しかし、りん様には……」

「あぁ、だーいじょうぶよぉ。火を入れてアルコール飛ばしちゃえば」

­ なるほど、とまたメモを取り、ファンテは大きくうなづく。
­ これで材料のめどは立った。
­ あとは……。

「マリアステラ様。お手数ではございますが、後で味見などしていただければ――」

「いーわよぉ! 大歓迎! いつでも声かけて!」

「はい。ではりん様、参りましょう」

­ 今度はファンテが自らりんちゃんの手を引き、部屋を後にする。
­ 椅子に深く腰掛け、ビールの残りを飲みながら手を振るマリアステラは、目を細めてその姿を見送った。

◇  ◇  ◇

­ この世界にも牛は居る。
­ しかし、都市部では飼育しづらい牛は珍しく、乳製品はヤギやヒツジのものが一般的だった。
­ それも山岳にある城塞都市ならなおさらだ。
­ ファンテは牛飼いのいる牧草地をめざし、馬を走らせた。
­ きゃーきゃーはしゃぐりんちゃんをふところに抱いて片道1時間ほども馬を駆けさせ、やっと見つけた牛飼いから小さな皮袋に3つ分、牛乳を求める。
­ 途中の農家で今朝産んだばかりだという鶏卵けいらんも買い求めて、夕方には我が家へと戻っていた。
­ そのまま厨房へと向かい、夕食の指示を出すとりんちゃんと二人、厨房の奥へ陣取る。
­ 一つ目の牛乳を加熱し、魔法で冷やされる『冷蔵庫』へと入れると、いくつかの卵をボールに割り、よく溶き始めた。
­ そわそわとそれを見ていたりんちゃんと目が合う。
­ ファンテは棚からエプロンを一つ取り出すと、りんちゃんの腰に巻いた。

「それではりん様。この卵をよく溶いてください」

「うん!」

­ カシャカシャと軽快な音を立てながら、りんちゃんは卵を溶く。
­ 危なっかしいその姿を辛抱強く見つめながら、ファンテは牛乳と、この世界ではまだ希少な砂糖を分量通り継ぎ足していった。
­ 顔に跳ねた甘い卵液をぺろりと舐め、りんちゃんは一生懸命カシャカシャ混ぜる。
­ よく混ざったところで二人はそれを何度もした。

「ようございます」

­ 大きく息をついたりんちゃんを優しく見つめ、ファンテは用意していたカップの底にカラメルを敷いたものをパッドに並べる。
­ りんちゃんはプリン液をそっと流し込み、人数分のプリンの用意を終えた。
­ プリンを並べたパッドと入れ替わりに、ファンテは冷蔵庫で冷やしていた牛乳を取り出す。
­ ただの牛乳だったはずのそれは、上澄みに乳脂肪が固まり、生クリームになっていた。
­ 小さく「ふむ」と確認し、生クリームだけを掬う。
­ そこに砂糖を加えて混ぜはじめると、またもやりんちゃんが続きを買って出た。
­ 生クリームはりんちゃんに任せ、ファンテはパンケーキを作る。
­ ホットケーキと言う名前ではないものの、この世界にもパンケーキの原型となるようなものは存在したため、こちらは慣れた手つきで珍しい牛乳と卵を使ったふわふわのパンケーキが、何枚も焼かれていった。
­ しかし、さすがのりんちゃんも生クリームを上手にホイップするには力が足りない。
­ とろっとした液状のままの生クリームを一生懸命混ぜていたりんちゃんは、何かを決意したように立ち上がった。

「きらめく瞳は乙女のあかし! ヒール・ブレイズ!」

­ りんちゃんの言葉とともに、厨房の一角に星形の光が満ち溢れる。
­ まばゆい輝きの中、健康的な曲線のシルエットが浮かび上がった。
­ 稲妻のごとき閃光が体のラインをなぞるように走り、ふんわりと広がるミニスカートが結実する。
­ 手首、足首、そして胸元に大きなリボンが現れると、チート能力で魔法少女プリヒールへと変身を遂げたりんちゃんは、ボールと泡だて器を両手に持った。

「生クリーム! 覚悟するのです!」

­ プリヒールのパワーとスピードと正確性で、まるで電動泡だて器のようにクリームを泡立てる。
­ それはわずかの時間できれいに空気を含み、しっかりと角の立ついい生クリームに仕上がった。

「りん様。おみごとでございます」

「やったー!」

­ 鼻の頭に生クリームが付いたまま、ヒール・ブレイズはりんちゃんの姿に戻り、諸手もろてを挙げてにぱっと笑う。
­ その時にはファンテもすでに、家族の人数分よりも多いパンケーキを焼き終えていた。

「りん様、あまり時間がありません」

「うん! ファンテおじちゃん!」

­ プリンは魔法の冷蔵庫の力で、あと1時間もせずに固まってくれるだろう。
­ あとはパンケーキ。
­ りんちゃんの泡立てた生クリームを絞り袋に入れ、りんちゃんとファンテは、大量のパンケーキに立ち向かった。

◇  ◇  ◇

­ 家族が全員そろっての楽しい食事。
­ この世界では軽食で済ませることの多いサパーと呼ばれる夕食とは違う、日本人が思い浮かべる通りの夕食が終わり、あっくんはワインを傾け一息ついている。
­ 転移トラック神となる前の記憶が無い彼にとっての、世界で唯一の本当の家族の団らん。
­ 全員の顔をゆっくりと見まわしていたあっくんは、さっきまで隣に居たはずのりんちゃんの姿が見えないのに気づいた。

「あれ? ねぇチコラ、りんちゃん知らない?」

「ん? なんやそわそわしながらファンテと厨房に入って行ったで」

­ あぁ、そういえば。と、あっくんは思う。
­ きっとファンテに頼んでいたプリンが完成したのだろう。
­ そしてそれをデザートとして配ってみんなを驚かせるのだろう。
­ 想像はついているけど、りんちゃんのために驚いてあげなくちゃと、そこまで考えたところで、周囲の明かりが一斉に消えた。

「なんやっ?! 敵襲か?」

「きゃあ! ファンテさん! 明かりっ! 明かりをお願いします!」

­ テーブルに着いている家族が慌てる中、厨房に続くドアがゆっくりと開き、ろうそくの光が部屋へと入ってきた。
­ ろうそくの暖かな光に照らされ、コック帽とエプロンに身を包んだりんちゃんが、手に大きな皿を持ちながら歩いている。
­ 彼女は皿を落とさないように真剣な表情をしていたが、横でひざまずくようにして皿に手を添えたファンテに励まされ、顔を上げると「すぅ」っと息を吸った。

「♪はっぴばーすでーつーゆー、はっぴばーすでーつーゆー……♪」

­ 笑顔で、真っ直ぐに正面を見つめながら。
­ りんちゃんは、この世界では転移者にしか分からない『ハッピーバースデイ』の歌を歌う。

「♪はっぴばーすでー、でぃあ、ルカく~ん……はっぴばーすでーつーゆー……♪」

­ 突然、自分の名前が歌の中に出てきたルカは驚きに目を丸くする。
­ 椅子に掛けたまま、どうしていいのかわからない様子でただりんちゃんを見つめているルカの前に、生クリームと色とりどりのフルーツで飾り付けのされたホットケーキが置かれた。

「ルカくん! たんじょうびおめでとー!」

「えぇ? ルカ! 今日誕生日なの?!」

「あの……あっくん。誕生日って……なんでしょう?」

­ ケーキの上に7本立っているろうそくを前に、まだ呆然としているルカは、やっとそれだけを口にする。
­ どうやらこの世界には王族以外に誕生日を祝うと言う概念自体が存在していないようだった。

「ルカくんは、誕生日知らないって言ってたから、あっくんの子供になった日が誕生日なの! だから、今日はルカくんの誕生日なのです!」

­ 誇らしげに、りんちゃんはそう言って、ろうそくの火を吹き消すようにとルカを促す。
­ そんな儀式はしたことが無いルカは、顔を寄せたりんちゃんと一緒に、見よう見まねでろうそくの火を吹き消した。
­ 一瞬の暗闇ののち、一斉に明かりがつけられ、部屋は輝きに満ちる。

「おめでとー!」

「ルカ! おめでとう!」

­ りんちゃんのお祝いの言葉とぱちぱちと言う拍手に続いて、家族全員から拍手を受けたルカは、呆然自失と言った様子で一粒の涙を流した。
­ 両手両足を千切れていないのが不思議なくらいの深さでむしり取られ、両親にすら「諦めます」と捨てられることになったあの少年が、今、誰の介添えもなく立って歩き、食事をして、笑っている。
­ あっくんはその姿を見て、感慨深げに言葉を漏らした。

「そうか……あの戦いから……もう一年も経つんだ……」

「……せやな」

­ チコラも、りんちゃんと楽しげに話をしているルカを見て、そっと目頭を押さえる。
­ その横であっくんは、テーブルにぼたぼたと落ちる涙を止める気もない様子で、しゃくりあげるように泣いていた。

「泣くなや! 泣き虫あっくん!」

「だっで……ルガ……ごんなに元気になっで……」

「あはは、ほんと。時のたつのは早いわぁ。私も年を取るはずよ」

「マリアは不老不死やろ!」

­ とんとんと自分の腰をたたくマリアへ、すかさずチコラがツッコミを入れる。
­ あっくんはルカの手を握り、まだぼたぼたと涙を流していた。
­ そこへ、いつの間にか厨房へと向かっていたりんちゃんが、ファンテとともにたくさんのプリンを持ってやってくる。
­ テーブルに並べられた、黄色くてプルプルしている不思議な食べ物を見て、ルカは目を輝かせた。

「あ?! これってもしかして……?!」

「うん! ルカくん! これがプンなのです!」

­ りんちゃんにスプーンを渡され、ルカはプルプルと揺れる夢の食べ物、プリンを一口掬う。
­ こげ茶色のカラメルがとろりと流れ、その食べ物は宝石のように輝いて見えた。
­ りんちゃんやあっくんたちに見つめられたまま、ごくりとつばを飲み込んだルカは、そっとスプーンを口に運ぶ。
­ つるんと口に滑り込み、甘さとほろ苦さと芳醇な香りが爆発するように口の中に広がったのを感じた次の瞬間には、その『幸せの爆弾』はルカの喉を通り抜け、ひんやりとした感触を残しながら喉から胃まで滑り落ちた。
­ くすぐったいような表情で笑いをかみ殺し、ルカは顔を上げる。
­ りんちゃんは、その顔を目の前でじっと見つめた。

「おいしい……おいしいです! りんちゃん! プンってすごい!」

「やったー!!」

­ りんちゃんは椅子の上でルカを抱きしめ、転がり落ちそうになってファンテに支えられる。
­ そのままファンテを抱きしめたりんちゃんは、何度もファンテにお礼を言った。

◇  ◇  ◇

「今日はいちころやったで」

­ りんちゃんを寝かしつけたチコラが、あっくんの部屋へ現れたのはまだ夜も早い時間だった。
­ そこではマリアも一緒にビールを飲んでいる。
­ ソファに腰かけたチコラの前に、ファンテがビールのジョッキを置いた。

「うん。……ファンテ、ルカは?」

「今日は疲れた様子で、もう床に就いております」

「そっか。うん。よかった」

「せやけど、なんで誕生日にプリンやったんや?」

­ チコラのもっともな質問に、さっきまでファンテから説明を聞いていたあっくんが自慢げに口を開いた。

「前にりんちゃんがルカに話したことがあるんだって。中でもりんちゃんの説明でルカが一番興味をひかれたのがプリンで――」

­ いつか、ルカにも食べさせてあげたいと、りんちゃんは常々思っていたようだった。
­ しかし、この世界にプリンは存在しない。
­ そんなものを食べたいと言えば、あっくんにもファンテにも、家族みんなに迷惑がかかると考えたりんちゃんは、みんなで市場へ出かけたときなどに、自分で一生懸命探しては居たようだった。
­ それでも、やはり無いものは無いのだ。
­ ルカの誕生日とりんちゃんが決めた、ルカがこの家の子供になった日が近づくにつれ、りんちゃんはどうしてもその日にプリンを食べさせてあげたいと思うようになり、ついにファンテに相談したのだった。

「そないなことがあったんか」

「うん……でも、最初に相談されたのが僕じゃなくてファンテだったのが……残念だなぁ。そんなに僕って頼り甲斐ないのかな……」

「そうではありません。アクナレート様」

­ それまで黙って給仕していたファンテが口をはさむ。
­ 質問もされないのに口を出すことがほとんどないファンテの言葉に、全員の視線が集中した。

「りん様は、アクナレート様……あっくんが大好きなのでございます。いつもご家族様全員のことを考え、忙しくなされているあっくんに、これ以上面倒事を抱え込ませたくないとお考えでした。現にわたくしがプリンのレシピを聞きに行くことですら気が進まぬご様子でした」

­ りんちゃんの気持ちを聞き、あっくんは黙ってビールを飲む。
­ チコラも、マリアステラも、同じように黙ってビールを飲んだ。

「なんか……明日から、また……頑張れそうな気持ちになってきた」

­ 家族が、自分の頑張っている姿をしっかり見ていて、そして分かってくれている。
­ たったそれだけのことで、あっくんは心にあふれる喜びに溺れてしまいそうな気持になっていた。
­ これから彼らには、災厄の魔王や、魔王の眷属との厳しい戦いが待っている。
­ それでも、頑張れる。

­ あっくんは、そう思うのだった。

――了

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